建築設計事務所がSketchUp×AIで挑む マイクロデベロッパーへの道

イトウケンチク
社名:株式会社イトウケンチク
URL:https://itokenchiku.jp/
本社:東京都足立区柳原1-20-19
創業:2007(平成19)年
代表取締役社長:伊藤航
事業内容:住宅、店舗、家具の設計・施工・製作

 

入口から出口まで伴走するマイクロデベロッパーを目指す

長寿学園ドラマのロケ地で知られる荒川土手のすぐそば、印刷工場を改修した建物でイトウケンチク代表の伊藤航氏ら3人が働く。

イトウケンチク代表の伊藤航氏。「当社は建築設計事務所ですが、土地活用の相談から資金計画、
それが事業として成立するかどうかまで、施主と一緒に考えたいんです」と言う


オフィスがある北千住や堀切エリアには古くからの地主が多く、土地活用の相談が絶えない。同社が目指すのは、そんな相談の入口から竣工・収益化の出口まで施主に伴走する“マイクロデベロッパー”だ。土地活用の事業計画、設計、施工、運用までを小規模チームで一気通貫して担う、いわば超小規模デベロッパーである。大手のように大規模プロジェクトを扱うのではなく、地域の土地事情や施主の個別事情に寄り添い、最適な提案を行う。だが、この役割を小規模事務所が担うには常にリソースの限界に突き当たる。

「建築可能なボリュームと概算を1週間以内に提示したいんです」と伊藤氏は言う。なぜ1週間なのかというと、「(売り出された土地は)買うかどうかを即断しないと、すぐにほかの人に押さえられてしまうから」だ。土地の価値、建てられる規模、収益性などを事業計画としてまとめ、金融機関に融資を申し込むには、何よりもスピードが求められる。

即断を支えるのがSketchUpだ。国土交通省が公開するPLATEAU基盤地図情報を利用して敷地と周辺環境の3Dモデルを作り、道路斜線なども反映したうえで、建物はホワイトキューブ(白い箱)として差し込み、ボリュームを検討する。

ボリューム検討用にSketchUpで作成した3Dモデル。ホワイトキューブの周辺には、
SketchUpのジオロケーション機能から取得したOpenStreetMapやPLATEAUの
建物データを配置している


初動のスピードを支えるSketchUpに加え、さらにAIをもうひとりのスタッフとして活用したい。その中心となるのが複数のAIツールだ。敷地図や地盤調査、行政機関が公開している法規資料、現場写真など、検討に必要な資料一式をNotebookLMに読み込ませると、横断的に整理し、斜線制限や日照条件、道路付けの扱いなど、敷地ごとに確認すべきポイントをリポートしてくれる。従来、人間がたくさんの資料を行き来しながら確認していた作業をAIに任せることで、初期検討に取りかかるまでの段取りを整えやすくなる。

用途地域や建蔽率・容積率などの条件を踏まえて検討する際にも、行政資料の該当箇所を探し出したり、
複数の制限を収集したりする作業は人が行うが、収集した情報をNotebookLMやObsidianが人間に代わって整理してくれる


工務店勤務時代に培った現場力と人の縁、土地の縁

ハンバーガーが1個60円や80円だった頃です――。マクドナルドの低価格路線がデフレの象徴だった時代、自分が建築系の専門学校を卒業した2000年を、伊藤氏はそう振り返る。本来なら卒業生の多くは設計事務所に入り、実務経験を積みながら建築士の資格取得を目指す。しかし、バブル崩壊後の不況が続いていた当時は就職氷河期の真っただ中で、「設計事務所に入りたくても、そもそも求人がなかった」。

食べていくために建設現場の派遣の仕事に就いた。荷揚げ、解体で出たガラの運び出し、内装工事の補助、いろいろな現場を経験した。東京ディズニーシーの建設現場に入ったこともある。やがて解体業の親方に気に入られ、解体職人として働きながら受験対策校に通った。親方の知り合いの工務店を紹介されたのが、建築実務に本格的にかかわるきっかけになった。

入社した会社は、見学会を開いて施主と山に入り、伐採した木を家づくりに生かすような、素材と手仕事を売りにする工務店だった。在来工法の手刻みを基本とし、一本ずつ墨付けしてノミやカンナで継ぎ手を仕上げていく。二十代前半の伊藤氏は大工の補助としてほぞ穴を掘り、カンナをかけ、材料を運び、現場の段取りを覚えながら働いた。

現場を任され、職人たちにもまれるきつい日々だったようだが、痛感したのは「どうすれば職人に意図が伝わるのか」ということ。図面で納まりを指示しても、自分のイメージを書き切れず、「現場で決めればいいか」と妥協してしまう。結果、不満のある仕上がりに、「材料も検討も足りなかったし、まあ、こうなるよな…」と、落胆とあきらめが混じった感情は今でも苦い。

「あそこの納まりどうなってる?」という工務店社長の問いに、大工がすかさず「一寸下がってるよ」と返した場面は忘れられない。大工がベニヤ板に柱や梁の配置や継手・仕口の寸法を書いた図を板図というが、板図だけでここまで把握しているのかと衝撃だった。同時に、「頭の中に全部入っているだけではだめだ、『こう納めたい』という意図は、図面であれスケッチであれ、きちんと書かないと伝わらない」と痛感したという。

SketchUpでモデリングした家具の3DモデルとLayOutで出力した三面図(製作図)。
SketchUpを本格的に使い始めたのは、歯科医院の内装で特殊な医療機器に合わせて家具の納まりを
検討する必要に迫られたのがきっかけだったそうだ


2007年、伊藤氏は妻が営む生花店の一角で起業する。独立最初の仕事は、JR常磐線金町駅から徒歩数分のカフェの内装設計・施工だった。街に調和する空間は評判になり、担当した店舗や住宅を見た人から次の依頼が舞い込む。そんな口コミの連鎖で仕事が広がっていった。

2021年以降に入社した田端聡子氏らスタッフも、同様に店主や客の口利きで集まったという。興味深いのは、人の縁や土地の縁でつながったチームながら、全員の出身地がバラバラだということだ。

田端聡子氏は、同社が設計・施工した焙煎所併設のコーヒー専門店の店主に紹介されて入社した。
前職の経験を活かして内装・インテリアを担当している

SketchUpとAIでつくり出す新しいワークフロー

AIを使った各種調査が初期検討とすれば、同社が現在、力を入れているのは企画設計でのSketchUpとAIの連携である。「顧客の属性や条件を入力すると、『年収がこれくらいなら、これくらい規模の建物が建てられる』というのを自動算出できるようにしたい」。冒頭で触れたボリューム検討と概算を1週間以内に提示する仕組みをさらに洗練させ自動化したいというのが次の目標だ。

もうひとつが、SketchUpのプラグインソフト「BIMバンドル」を導入し、概算見積の精度を早期から高める試みだ。Profile Builderでパラメトリックに定義した部材やアセンブリを用いて正確なモデルを構築し、そのモデルからQuantifier Proが面積・体積・長さ・個数などを自動算出・集計できれば、概算見積の精度は大幅に向上する。SketchUpの3Dモデルと数量拾いが連動することでBIM的なワークフローが成立する。

概算の精度を上げたい理由は明快だ。概算は安全を見て高めに出しがちだが、それでは他社に負けてしまう。一方で低めに出すと後で追加請求につながりかねない。追加費用が発生すれば施主の資金計画が狂い、住宅ローンの借入額や返済計画にも影響が出る。業界では、概算が曖昧なまま進むことも珍しくなく、原価管理が経験や勘に依存してしまうケースも多い。

BIMバンドルを導入し、数量を自動で拾える仕組みづくりを進めるのは、「住宅メーカー並みの精度で、私たちにしかできない設計をしたい」ためだ。実現すれば、概算ではなく最初から本見積で勝負できる。課題は、単価マスタや、Profile Builderで使うプロファイルやアセンブリといった部材アセットの構築・整備だが、「仕込みを重点的にやるつもり」と意欲を見せる。

高精度で見積りできれば、あとはプランニングで勝負だ。施主に書いてもらったヒアリングシートの内容をどう解釈して建物に落とし込むか。施主宅に持参したモバイルモニタでさまざまなプランを見てもらい、モチベーションを盛り上げる。高いクオリティの提案を矢継ぎ早に繰り出して施主の反応をうかがう。実際、反応は上々で、「こんなに素敵なものができるんですか!?」と感激されることも少なくないという。

伊藤氏の妻が営む生花店の店舗ファサードを題材に、画像生成AIで外観デザインのバリエーションを試したデモ例。
GoogleのMixboardに好みの素材感やスタイルをプロンプトで組み合わせて指示すると、複数の外観案が生成され、
角度や構図も自在に変えられる


資金計画や建築ボリュームから逆算してプランを組み立てる企画段階に対し、(契約が決まれば)「そこから先はいくらでも手間と時間をかけていい」、こだわりの設計の出番だ。

同社が手掛けた物件には、北千住という土地柄が色濃く反映されている。店舗は、白を基調とした明るい空間が多く、間口を広く見せる工夫や、奥行きを感じさせる照明計画が秀逸だ。路地に馴染む外観、街の雰囲気を壊さない素材選びなど、街に寄り添う姿勢が随所にある。テナントビルや住宅でも、狭小地や変形地が多い下町ならではの制約を知り抜き、日照条件や斜線制限をクリアするノウハウが詰まっている。

伊藤氏は今でも、ひらめいたアイデアやプランをキャンパスノートに書き留めているという。SketchUpでも「思いついたらまず手が動く」という感覚は変わらず、手書きの延長のような操作性、自由度の高さが気に入っている。本格的なBIMソフトには窮屈さを感じながらも、アルゴリズムデザインや、ザハ・ハディッドのようなパラメトリックな作品には刺激を受ける。手書きとモデリングのどちらかに振り切るのではなく、両方を行き来しながら考えるのが伊藤氏のスタイルなのだろう。

伊藤氏がキャンパスノートに書き留めている手書きのプラン


曖昧な指示では実務や現場は回らない。しかし、理屈だけでは人の心は動かない。資金計画や建築条件をクリアした後、施主に「この人に頼みたい」と思ってもらえるかは、“素敵だ”と感じられるプランを描けるかにかかっている。敷地の特性や暮らし方を読み取り、空間の可能性をその場で立ち上げてみせる構想力が、施主の情動を揺らす。

その構想力を裏打ちしているのが、伊藤氏が培った“納まりへのこだわり”なのだろう。言葉にぶれがないのは、細部をどう納めるべきかを経験で理解しているからだ。手刻み工務店で叩き込まれた感覚は、プラン全体を組み立てる原点になっている。3Dモデルを使う理由も、突き詰めれば建物を“全体として理解する”ためにほかならない。

菓子工房への改修案件で作成した内装パース。厨房機器や扉のモールに至る細部まで作り込み、
Twinmotionでレンダリングした。「細かく作らないと、平面的で安っぽいCGになってしまう」と田端氏。
今後は、モデリングとマテリアルを貼るところまでをSketchUpで行い、質感の仕上げはAIに任せる方法も考えられそうだという


東京下町の3人の事務所がSketchUpとAIを武器にマイクロデベロッパーへ飛躍しようとしている。挑戦が実を結ぶとき、地域密着型の建築設計事務所の可能性は大きく広がるはずだ。

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