3D背景美術の新境地を開け!「映画 えんとつ町のプペル」背景を担当したアニメ制作会社の挑戦



キューン・プラント
社名:株式会社キューン・プラント
URL:https://www.quunplant.com/
本社:東京都台東区上野2-12-18 池之端ヒロハイツ2階
創業:2007(平成19)年4月19日
代表取締役:中尾陽子

事業内容:イラストレーションの制作、グラフィックデザインの制作、映像・ゲーム等のデジタルコンテンツの企画および制作、販売、インターネットを利用したコンテンツの企画、デザイン、および制作、オリジナル商品の企画、販売


誰も見たことがないCGアニメを目指そう

ハロウィンの夜。高い崖に囲まれた煙突だらけの町に心臓が落ちてくる。心臓にゴミがくっ付いて生まれたゴミ人間「プペル」と煙突掃除屋の少年「ルビッチ」との交流、外界を知らない「えんとつ町」の住民たちに空や星の存在を見せたい夢をかなえるエピソードを描く『えんとつ町のプペル』は、お笑いコンビ・キングコングの西野亮廣作の絵本だ。
2020年12月に封切られた「映画 えんとつ町のプペル」は絵本を原作に、西野自身が製作総指揮・脚本を担当したアニメーション映画。原作を生かしつつ重層化したストーリー、CGで構築した作品世界の映像美は大人にも刺さる。

©西野亮廣/「映画えんとつ町のプペル」製作委員会

「映画 えんとつ町のプペル」は、製作・配給元の吉本興行によれば、2021年2月現在で興行収入20億円、
観客動員数150万人を突破。第44回日本アカデミー賞の優秀アニメーション作品賞も受賞している


モックモクと煙が立ち上る無数の煙突、黒く分厚い雲に覆われ、空を見上げること、夢を信じることを禁じられた町の住民たち。町には閉塞感が漂うが、人工の明かりで金色に浮かび上がる街並みはスチームパンクシティのようでひたすら美しい。
映画のアニメーション以外の背景を担当したのがキューン・プラントである。同社にとって初の3DCGアニメ作品となった。

SketchUpのスケッチエッジ機能は背景画に向く

アニメの風景や建物、室内などの絵は背景美術とかBG(background)と呼ばれ、美術監督による美術設定や美術ボードを参考に、背景専門の制作会社やスタッフが描く。水彩の背景画にキャラクターを描いた透明フィルム(セル)を重ね、コマ撮りする古典的な制作方法も現在ではデジタル化が進む。背景画は依然、手で描かれることが多い。一方、フル3DCGの本作では3Dステージの大部分がSketchUpでモデリングされたのだという。
背景美術を担当した株式会社キューン・プラントの中尾陽子氏、草間徹也氏が背景画の作画補助としてSketchUpを使い始めたのは2007年頃。作画が面倒な螺旋階段を一発で描けると聞いて使い始めた。スケッチエッジと呼ばれるペンや鉛筆の描画を表現するタッチが背景画の輪郭線に向くと気づいてからは、エッジを強調したレンダリング画像をレタッチして背景画に仕上げる手法を確立した。

代表の中尾陽子氏。背景美術制作会社を退職した中尾氏は当時、教室に並ぶ机と椅子を手で描きまくったという。
アニメやゲームの制作現場で長年、手描きの修練をみっちり積んだ


「2Dアニメやイラストでは線が最も大切で、狙ったところに必ず線が出てほしい」(中尾氏)というように、アウトラインを用いての背景画には線は必要不可欠。いろいろな3Dソフトを試した結果、手描きと遜色なく、輪郭をいい感じでレンダリングしてくれるSketchUpがプロの背景デザイナーの眼鏡にかなった。加えて草間氏が気に入っているのはテクスチャ設定の容易さだ。3Dモデルの表面にテクスチャを貼るには一般にUV展開が必要になる。このUV展開という作業が厄介で、ほかの3Dソフトでは半数以上の社員が挫折した苦い経験がある。その点、SketchUpのペイントツールではUV展開を特に意識することなくテクスチャを貼れる。さらにプラグインのThruPaintを利用することで、作業の容易さ、効率は格段に向上したのだという。

副代表の草間徹也氏。ソフトウェアやハードウェアの管理はもっぱら草間氏の担当。
SketchUpのお気に入りプラグインは「ThruPaint」「FredoCorner」「Artisan」「s4u to Components」などだそうだ

3DCGへの違和感を抑えて原作世界を生かす

2D画像の作画補助にSketchUpを使いながら、3DCGアニメの背景にそのまま使える3Dモデルの納品も可能なのではないかと感触と自信をもち始めた頃。STUDIO4℃からの背景美術制作のオファーに「ぜひやってみたいです!」とためらうことなく応えた。
キャラクターが3DCGで作られているアニメは案外多い。だが背景画は、2D画像を簡易的な3D空間に投射して疑似的な3D画像を作るカメラマッピングという手法をとる場合が多い。背景美術がフル3DCGに踏み切れないのは技術や労力といった事情のほか、感覚の問題も大きい。「手塗りが主流の背景美術に3Dを持ち込んだときの違和感というか…、この業界では3DCGは『なじまない』という認識が強いんです」と中尾氏。
3DCGに感じる違和感を払拭しつつ、原作の作品世界を損なうことなく表現する技術やノウハウは、同社とSTUDIO4℃の美術監督・秋本賢一郎氏との二人三脚で築き、着実に蓄積していった。背景画制作に要したのは約1年。美術設定の佐藤央一氏から支給されるSketchUpのラフモデルをブラッシュアップする形で、背景を作り込んでいく。
しかし、制作を進める中で深刻な問題が持ち上がった。フル3DCGの場合、別々にモデリングされたキャラクター、背景をプラットフォームとなる3Dソフトで読み込み、合成して撮影(コンポジット)していく。統合した後に行うテクスチャの貼り込みが、アセット数が膨大すぎて間に合わないことが判明したのだ。煙突群のレンガ模様、錆びたパイプ、渋谷川のコンクリート法面のシミ。熟慮の末、活躍したのが前述のThruPaintだった。


SketchUpで作った3DモデルにThruPaintでテクスチャを貼る方法を編み出した。
UV展開を省略する方法を試行錯誤した最初のモデルとなった


背景まで3DCGで作る試みはとてつもなく高いハードルだった。中尾氏も「『こんな課題がある』『この手法ならどうか』…、そんな無数のやり取りを経て完成したこの映画は本当に奇跡のような作品です」と感慨深げだ。

課題多きアニメ制作現場で踏み出した大きな一歩

キューン・プラントでは、作業進捗の確認やスタッフとのコミュニケーションはMicrosoft Teamsで行い、データのやり取りは主にOneDriveを介して行う。新型コロナウイルス感染症が流行する10年以上も前からテレワークを実践しているのだ。働くスタッフたちの居住地も北陸から九州までさまざま。スタジオで一緒に働いていた仲間がテレワークを機に全国に散ったのではなく、最初から現地採用・勤務前提で求人し、集まった人たちだ。

スタッフ間の連絡や業務の割り振りはTeamsで行う。
「テレワークのよさは自分のたちの日常を維持しながら仕事ができる点。大事なのは監視し合わないこと」と中尾氏。
TeamsやOneDriveではSKPファイルをプレビューできないと嘆く草間氏には
コラボレーションツール「Trimble Connect」をお勧めしたい


「漫画を描いていた人、ゲーム業界で働いていた人もいますが、最近まで専業主婦だった人もいます。それらの人たちがSketchUpなら、始めて3か月程度で業務に堪えるレベルのモデルを作れるようになる。取っ掛かりのいいソフトなんです」と中尾氏は言う。
草間氏も「背景デザイナーとしては早くモノを作りたい。しかし3Dソフトにはいろいろな機能がありすぎてどのコマンドを使うかをまず考えないといけない。その点、SketchUpは機能が洗練されているのでモデル制作に注力・集中してスピードアップ、効率化できる。別のソフトを試しても結局SketchUpに落ち着くし、業務プロセスやスケジュールもSketchUpありきで考えるようになるんです」と語る。SketchUpは今や同社業務の8割のプロセスで使われている。
中尾氏、草間氏にとって印象的なイメージボードがある。イメージボードとはアニメの世界観を1枚に集約した絵のこと。作品世界を制作スタッフが共有する重要な役割をもつもので、通常は、美術監督の意を汲んだ腕利きの背景デザイナー2、3人で描き上げる。
それが下図のイメージボードは「モデリングを含めると10人の人間がかかわっている。背景美術とは従来、特別なものだったのが、美術にさほど精通していない人でも3Dを通して携われるものになってきた。この事実と実績は、人手不足や労働環境の改善が課題のアニメ制作でとても大きな一歩なのだと思います」と中尾氏は感極まって語る。

総勢10人のスタッフがかかわって作ったイメージボード。映画の舞台となるえんとつ町全体のたたずまいや
雰囲気がこの1枚で把握できる。ここから「映画 えんとつ町のプペル」の物語は始まるのだ


エンディング主題歌をバックに流れるスタッフロールは、にぎやかな劇中世界との対比でことさら物寂しい。しかし、有名無名の多くの人たちが情熱をもって制作に携わったことを私たちは知っている。「映画 えんとつ町のプペル」にかかわったすべてのクリエイターをたたえたい。

本作は文字どおり社運を賭けたプロジェクトだった。資金繰りをにらみながら会社を運営した中尾氏、
膨大な量のデータを扱い、未知のトラブルの解決策を探った草間氏らの苦労は計り知れない

導入事例記事に戻る